商品相場で大儲けしたケインズ先生
イギリスの経済学者で世界的に著名なケインズ先生は相場好きで、大儲けした話は有名です。
先生は若いころケンブリッジ大学など3つの大学で教鞭をとっていましたが、30歳代半ばに病気をして、
病みあがりの身体には、三つの大学の講義や学校勤めの激務に追われる生活は苦痛でした。
また先生には、さしたる遺産もなく大学の収入も生活を支えるのには不十分で、先生が望む「格好な暮らし」をするためにはもっと金銭が必要でした。当時は第一次世界大戦の翌年で、イギリス国内は勝戦ムードに湧き、平和の復活で各々でパーティーが開かれていました。
病み上がりで「月給取りの骨折り仕事」にうんざりしていた先生は、「楽をしながら「格好な暮らし」をするためにはどうするか」を真剣に考えました。先生は元来、非常に勇敢で、つねに危険を冒す心構えをもっていたので、”投機取引”を決心しました。 先生は早速、商社の友人を訪ね「適度の証拠金を入れて為替の先物取引」を始めました。先生が満36歳のときです。
(海外ではCFD取引が一般的なのでCFD取引を行って取引をしていたみたいです。)
先生の取引は「活発なうえに連続的」で数日後とに大量の取引を行いました。
手がけた通貨はルピー、マルク、ドル、フランス・フランなど多岐にわたりました。翌年の年末になると商品の先物取引もはじめました。翌年の年末になると商品の先物取引もはじめました。この取引も多岐にわたり、綿花、鉛、銅、亜鉛、ゴム小麦、砂糖など、およそロンドンの取引所に上場されているすべての商品に手を染めました。もちろん有価証券(株式)の取引も行いました。
先生は一度、為替取引で破産寸前まで陥りますが、ただちに立ち直り二週間もするとまた果敢に取引に乗り出します。先生は失敗について後悔しましたが、その後悔は「投機をしたことではなく、自分の推理が失敗したこと」を悔やんだのです。 また「相場取引の利益は成功に終わった投機家の犠牲において得られたものがあるが、不成功に終わった人たちは、自ら進んで危険を冒したのであるから、彼らの苦痛苦難は同情すべき真の苦痛ではない」と割り切っていました。そして儲けた金で貧乏絵描きの友人たちの絵を買い上げて彼らの生活を助け、自分はロシア・バレエの一等席で生活をエンジョイしました。